11月11日「介護の日」にちなみ、なら介護の日では介護について理解と認識を深める活動・イベントを行っております。

親守唄・歌会2015 入選作品集

≪親守唄大賞受賞≫「大阪まんねん音頭」(作詩・作曲の部)
≪優秀賞受賞≫「神様にたのみあり!」(作詩の部)
「いつかもう一度」(作詩の部)
「出雲の親守唄」(作詩・作曲の部)
「夢で逢いたい夜」(作詩・作曲の部)
守口雅代 「大阪まんねん音頭」(作詩・作曲の部)

口上 臭い臭いといいまんねん
   いずれみ〜んな なりまんねん
   まんねん音頭で 愚痴いいまんねん

鶴は千年亀万年 わたしゃなんでも噛めまんねん
人の手助け 要りまんねん
それがほんまにつろまんねん
ああよ〜いっしょ どっこいよいこらしょっと
泣き言いわんと 食べまんねん
ああよ〜いっしょ どっこいよいこらしょっと
泣き言いわんと 食べまんねん

口上 あかんあかんといいまんねん
   起きて動いて 頑張りまんねん
   まんねん音頭で 愚痴いいまんねん

今日もリハビリいきまんねん
好きな先生 居りまんねん
淡い恋して 去りまんねん
それが胸きゅん しまんねん

ああよ〜いっしょ どっこいよいこらしょっと
言い訳いわんと やりまんねん
ああよ〜いっしょ どっこいよいこらしょっと
言い訳いわんと やりまんねん

口上 いらんいらんと いいまんねん
   ちょっかいかけたら 怒られまんねん
   まんねん音頭で 愚痴いいまんねん

人のゆく道 みな同じ
誰もかれもが 逝きまんねん
愛のひとこと 要りまんねん
それがなかなか おまへんねん
ああよ〜いっしょ どっこいよいこらしょっと
期待をせんと 待ちまんねん
ああよ〜いっしょ どっこいよいこらしょっと
期待をせんと 待ちまんねん

口上 あかんたれ いちびり大阪人
   万年踊って 終わりまんねん

作詩・作曲者:守口雅代(大阪府豊中市)
*介護する者も介護される者も大変です。「大阪まんねん音頭」は、現在同居人である姑の義理妹(大正15年生まれ・要介護1)が、「まんねん言葉」を多く使います。そこから生まれた「大阪まんねん音頭」。憎めない大阪人を大阪弁で歌うユーモラスな音頭にしました。引っ込み思案でいじめられっ子の泣き虫「あかんたれ」の私。音楽をすることで頑張れました。この歌は、このような「あかんたれ」の私から「先ゆく人」への応援歌です。

受賞者写真受賞者写真

このページの先頭に戻る▲



安藤月穂 「神様にたのみあり!」(作詩の部)

約束します いい子になります
だから僕のお願い聞いて!
ひとつ いい事した時に
大好き おばあちゃんの虫歯を
一本ずつなくしてほしい
歯医者が死ぬ程こわいんだって
かわいそう!

約束します いい子になります
だから僕のお願い聞いて
ひとつ いい事した時に
大好き おばあちゃんの誕生日を止めて
年をとっていくのが悲しいんだって
助けたい!
約束します いい子になります
だから僕のお願い聞いて!
大好き おばあちゃんが喜ぶように
超イケメンにしてほしい
ずっと二人で スキップまじった
ラブラブ散歩が出来ますように

どれもかなえてくれたなら
二十歳になったらお礼をするよ
何がいいのかな?
そうだ おんぶをしてあげよう
おんぶさせて!
本当の話さ 指切りげんまん
忘れっこなしだよ
たのむよ!

ところで神様 体重何キロ?

作詩者:安藤月穂(奈北海道石狩市)
*正直、母のことはおそろしくていやでした。女手ひとつで育ててくれて、生活に大変だったのでしょう。今だから思いやることができますが、只こわい人というのが思い出です。何事も思い通りさせようとするところがあり、淋しくうつむいて生きてきました。歌会に応募する際、母が喜ぶ詩を、と考えてみて、仲の良かった息子とおばあちゃんの関係を思い出しながらつくりました。雲の上で喜んでくれたらいいなと思います。

受賞者写真受賞者写真

このページの先頭に戻る▲



吉田勝翔 「いつかもう一度」(作詩の部)

父ちゃんの背中は広かった
広い背中で家族を守り
朝から晩まで働いた
白衣が似合う 父ちゃんの
心を込めた 菓子づくり
毎日見ながら 大きくなった

健康自慢の父ちゃんが
入院したのは 還暦が過ぎた頃
長い月日が 流れたけれど
父ちゃんは負けていなかった
「いつかもう一度…」
強い想いがあったから
毎日辛い“リハビリ”に
歯を食いしばり 頑張った
家族も一緒に病院の
長い廊下を行ったり来たり
一緒に歩いた父ちゃんと
励ましながら 一歩ずつ
明日に向かって 一歩ずつ
長い人生 いつの日も
家族の支えが あったから
乗り越えられた 辛い日々
白髪の頭に手をやりながら
帰らぬ昔を振り返る
父ちゃんの 父ちゃんの
広い背中も いつしか丸く
孫に優しい じいちゃんに

子供の頃に じいちゃんの
広い背中で 肩ぐるま
八幡様の 帰り道

作詩者:吉田勝翔(福島県郡山市)
*朝学校に行く時はもう両親は仕事をしていました。夜も遅くまで働く両親のために、毎日学校が終わると急いで家に帰り、小学生の頃から店番したり、親の手伝いをしました。一年365日、朝から晩まで働いた父ちゃん母ちゃんを忘れることができません。

受賞者写真受賞者写真

このページの先頭に戻る▲



米山道雄 「出雲の親守唄」(作詩・作曲の部)

〜年老いた父親を寝付かせる私 ふと昔が甦る〜



はや ねーだわね
はや ねーだわね
あのことはきぃにさんでも ええけんね
もう しぃんだことは
きぃにさんでも ええけん

あげでしょが そげでしょが
あげだ そげだ
おんなしぃことばっか
えっちょーけん ねられんでしょうが

おとっつぁん
わけときゃ よかったじぃね
たえしたしぃごとを さえましぃたがね
りっぱ りっぱな
こどもやまごも ふぇーまごまで
よーけよーけ おって
りっぱ りっぱなことだよ
ほんね おとっつぁん

なんもかんも しぃんだじね
だけんねましょや ねましょや
あしたんあさは えーことあーけんね

はやねーだわね
はやねなさえ

はやはや
はやねーだじぃね
(方言の訳)
早く寝なさい
もう寝てください
あの事は気にしなくてもいいよ
もう終わったことは
気にしなくてもいいですよ

あーでしょうが そうでしょうが
あーだ そうだ
同じことばかり
言ってるから 眠れないでしょうが

お父さん
若い頃は良かったですね
大きな仕事 なさいましたね
立派な立派なことです 
子どもや孫や ひ孫まで
たくさんたくさんいて
立派立派 おめでとう
ほんとだよ お父さん

なにもかも なさいました
だから寝ましょう 寝ましょう
明日の朝は良いことがありますよ

早く寝なさいよ
早く寝なさいよ

早く早く
早くねなさいよ

作詩・作曲者:米山道雄(島根県出雲市)
*応募用紙が届いた瞬間に父のことが甦りました。夢中で書いた一節一節に敬愛の思いで満たされました。繰り返し読むと恥ずかしくもなりましたが、素直な思いを込めました。父は84歳で亡くなりましたが、私の年が来年80歳になると思うと、息子たちはどう思ってくれているのか気にかかります。作曲には尺八を加えました。友人に依頼して練習を始めました。彼も父上をガンで見送られたので、二人の気持ちが一つになりました。

受賞者写真受賞者写真

このページの先頭に戻る▲



作詩:細江隆一 作曲:藤井和男 「夢で逢いたい夜」(作詩・作曲の部)

あなたの手を取り
目を合わせながら歩む
昔あなたが私に
してくれたようにやさしく
あなたの体を
包み込むように歩む
あなたのペースに合わせ
ゆっくり ゆっくり
もっといろいろ できたのに
つい甘えたまま生きてきて
孝行一つもできず
子供でいた私
もっと優しく できたのに
気が付くことさえできないで
歳を重ねて知った
あなた一人の大切さ
あなたの料理を
かみしめ味わい食べる
昔あなたが私の
好みに合わせた
あなたが手編みの
セーターに袖を通す
石鹸のいい香り
母のぬくもり
もっと優しくしていれば
恩返し一つもできたのに
あなたの愛をもらう
それだけで生きてきた
もっと早く気が付けば
肩たたき 肩もみできたのに
それも叶わぬ今は
せめて夢で逢いたい夜
夢で逢いたい夜

作詩者:細江隆一(岐阜県加茂郡)
*母方の祖母が2年前に亡くなりました。百歳を越えて亡くなったので大往生でしたが、突然の死は周囲を悲しませました。「生きているうちにもっと何かしてやれたのでは・・・」という母の祖母への思いを聞き「もし母や父が亡くなったら同じ思いをするのでは・・・」と思いました。そんな母から聞いた思いと私の思いを重ね合わせてつくったのがこの歌です。


作曲者:藤井和男(富山県富山市)
*私の両親は他界してもういませんが、親孝行を充分できなかった事を後悔しています。母は昨年7月、78歳で亡くなりました。負けん気の強い人でしたが、最後の顔はとても穏やかでやさしい顔をしていました。この歌を感謝の気持ちを込めて母に捧げたいと思います。

受賞者写真受賞者写真

このページの先頭に戻る▲